特集記事【株式会社TonTon 今川 博貴】“人”儲けで世界を繋ぐ。アイデアとビジネスを生む人脈の作り方

株式会社TonTon 代表取締役 今川 博貴

プロフィール

株式会社TonTon 代表取締役 今川 博貴(いまがわ ひろき)

1985年生まれ 岡山県出身

お茶漬け専門店や鉄板焼きと言った飲食業を国内外に展開するほか、ドローン事業や不動産、人材派遣も行うなど、多業種展開に携わる。
グループ会社も複数存在し、現在は合わせて10を超える事業を取りまとめている。

企業HP
https://tonton-inc.com/

少年時代に広がった世界と人脈

誰とでも仲良くなれる転校生

ー出身は岡山県なんですね。

そうなんです。
ですが、親の仕事の都合で住まいはかなり転々としてまして、岡山で生まれてから横浜へ引っ越して育ち、名古屋へ行き、また横浜へ戻って育ちました。
なので学校も3回くらい転校していたりして、それが当たり前になっていました。

ー転校が多い環境がご自身に影響したことはありますか。

いつも周りに新しい人がいるので、新しい友達を作るのは上手だったように思います。
もちろん転校に際して旧友と別れることになるのは寂しいのですが、新しい友達ができるのは楽しかったです。
誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力は、この頃に身につきましたね。

あと、中学時代は僕ではなく学校がかなり荒れていて、目立ったやつはいじめられたりということもあったんです。
僕は転校生ということで地元の人間ではないし、妙に明るかったり彼女ができたりということもあったので、どちらかというといじめられる側の人間でした(笑)。
出る杭は打たれるというわけなんですが、だからと言って僕が荒れてしまうわけにも行かなかったんです。

というのも僕には兄がいて、僕が中学時代には兄の方が荒れてしまっていて、家を無茶苦茶にしたり母にひどいことを言ったりとかなりひどい状況でした。
そういうのを見ていたこともあって、「このままではダメだ。僕が守らなきゃ」ということで、学校でのいじめにも負けず、タフな精神力を養っていくように自分を持っていっていました。

海の家で気づいた商売の楽しさ

そんな中学時代を過ごした後は高校に入学したんですが、高1の頃に友達とヒッチハイクをしようという話になりました。
中学の頃からもっと広い世界に出ていきたい、色々な人と出会いたいという思いも強くなっていって、地元以外の町も見たくなったんです。

それで、やれ静岡や伊豆やとなったんですが、和歌山県の白浜にあるビーチの海の家へたどり着き、住み込みで働くことになったんです。
そこでは毎日が本当に楽しくて、毎日新しい友達ができて、色々な人と出会うことができました。

何しろみんな全然違うところから海の家に集まってくるもんですから、話を聞いているだけでもわくわくしてきますよね。
バックグラウンドが違うのはお互い様だし、だからこそみんなを受け入れられるし、自分もみんなに受け入れてもらえる。
こんなに心地いい場所はなかったです。

ー海の家ではどんな仕事をしていたのでしょうか。

仕事そのものは本当にごく一般的な海の家の仕事です。
かき氷を削ったり、焼きそばを売ったりっていうアレですが、その仕事が自分にすごく上手にハマったんです。

とても忙しい仕事でしたが一夏で160万を売り上げたこともあって、それは当時の海の家の最高売り上げ記録でもありました。
何気ない仕事かもしれませんが僕にはとてもそれが楽しく感じて、それが僕に商売の楽しさを教えてくれる初めての経験でした。

 

商売の喜びと社会の厳しさを学んだ20代

株式会社TonTon 代表取締役 今川 博貴2

電気工事士からアパレルデザイナーへ

そうこうしているうちに高校3年生になって、進路のことも考えないといけない時期になったんです。
当時も海の家で働いていたんですが、高校を卒業した後の進路は何も考えてなくて、どうしよっかなーと漠然と過ごしていたところ、海の家のオーナーからうちでそのまま働かないかと言われたんです。

オーナーは前から僕のことを買ってくれてたみたいで、新しくクラブを始めるからお前も来いよと誘われ、おーいいっすねーなんて快諾して、おー進路決まったなーなんて思ってたんですが、時間が経つにつれどんどんと雲行きが怪しくなってきたんです(笑)。

なんだ、全然クラブやる気配ないなーなんていうのが見え隠れしてしまって、結局そこでお世話になることはなく、電気工事関係の会社に就職することにしたんです。
ただ本当は営業の仕事が僕はやりたくて、僕もそっちの方が得意だということは知っていたんですが、ずっと回線の工事をしていて、何か違うなーというモヤモヤを抱えながら日々を過ごしていました。

そんな中、海の家で仲良くなった友達から、アパレルブランドを立ち上げようという話があったんです。
もともとクラブカルチャーなんかも好きで、音楽もファッションも興味があったんで何かやってみたいということもあり、遊び半分でTシャツなんかを売り始めたんです。
するとそれが思っていた以上にヒットして、どんどんアパレル事業を大きくさせていきました。

最大の過ち

ただ、このとき僕はまだ20歳になったばかりかそこらで、しかも社会に出たばかりの子供でした。
そんな子供がいきなり大金を手にしちゃうと勘違いしちゃうもので、ここで人生最大の過ちを犯してしまいます。

もともと僕のブランドは先輩のセレクトショップ傘下でデザインと販売を行なっていたのですが、あるときそこから離反してパクリブランドを別でやらないかと声がかかったんです。
そうすればさらに儲かるなんて言われてしまい、僕は迂闊にも「いいっすねー!」なんて言いながら話を快諾してしまいました。

そんな話が来た時点で気づくべきだったんですが、離反してすぐ心の中に「ああ、悪いことをしてしまったな」という思いが募り始めました。
これは先輩に謝らなければと思い、すいませんでしたと頭を下げ、僕のブランドの権利も全部あげますということで手打ちにしてもらうことにしたんです。

当時はそのファッションブランドが僕の全てということもあり、そのブランドを手放した時点で何もなくなってしまいました。
それが23歳くらいの頃の話です。

 

社会人のやり直し。そしてグループ事業者へ

広告営業スタート、不動産着手、グループ会社設立

文無しになったとはいえ、海の家の頃から中のいい友達は相変わらず僕の周りにいてくれて、当時もみんなと一緒にどうしようかなんて言いながら、色々とお金を作ろうと必死にやってみたんです。

当時はブログメディアなんてものが珍しかったのでパソコンを使い回しながら運営もしてみましたし、軽トラを買って粗大ゴミの回収をして回ったりもしました。けどどうしても満足に食べていけるだけのお金を作ることはできなくて、このままではダメだと思い、結局社会人をやり直すことにしました。

仲が良かったメンバーとも一旦は離れ、それぞれの道を歩んでから再集結をしようという話になりました。
僕は昔からやりたいと言っていた広告関係の営業の仕事が見つかったんですが、やはり営業の仕事が得意だったこともあって、バリバリ働いてメキメキと成長することができたんです。

本当に1年間で368日くらい働いていたくらいの勢いでしたが、おかげでそれなりの生活もできるようになっていました。
そんな中、ブランドを立ち上げていた頃の先輩から久しぶりに連絡があって、沖縄のホテルを共同で買わないかという話になりました。

リノベーションをすればうまく事業にできるということでしたが、それが結構な金額で、共同とはいえ僕はこれまでに稼いだ全財産を叩かなければその話に乗ることはできないほどでした。でも昔からの先輩が久しぶりとはいえ声をかけてくれたのが嬉しくて、結局僕もそこに全財産を投じて購入することになったんです。

案の定その購入が上手くいって、不動産事業をを拡大していくための第一歩になりました。
そこからはそこで生まれた資金を元手に次々とグループ会社も立てていって、多角的に事業を展開する土台がこの頃から生まれてきたんです。

メンバー再集結。飲食事業へ参入

ー飲食事業への参入はかなり最近だったんですね。

そうです。
僕が仲が良かったメンバーの一人にしゃぶしゃぶ屋で修行をしていたのが居て、そろそろ独立がしたいという話をしていたんです。
同時に別の知人からどうも売りに出ている焼肉屋があるという話も聞いていたので、じゃあうちの会社で出資しようという話になったのが、僕の事業の中での初めての飲食業でした。

この頃に一旦は解散していた仲の良いメンバーたちも再集結して、それぞれの得意分野を生かしながら僕の事業に合流していく運びになっていきました。

実は飲食事業もその中の一人が中心で携わっていて、今では彼がいなければ成り立たないくらいに活躍してくれています。

 

グループ事業の一環としての飲食のあり方

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飲食業のメディア集客力に注目

ー様々なジャンルの飲食を展開されていますが、お茶漬け専門店の「だよね。」が非常に注目されていますね。

そうなんです。
おかげさまで雑誌やテレビなど200を超える媒体や番組で紹介してもらって、非常に大きく注目してもらうことができました。
大物の芸能人の方にも来店してもらい、目の前でお茶漬けをすすってもらうこともできたんですが、それは個人的な感動と同時に、飲食事業がその企業のブランディングとして非常に大きな力を持っているなと感じたんです。

単なる不動産屋ということであれば、何かと警戒されてしまうことも多いのですが、飲食事業も展開しているとなると、そういったメディアからの注目を集めることができるのはもちろんのこと、飲食をやっているという事実が温かみを持つということを知ることができたんです。

それに気づいてからは、積極的に飲食事業にも力を入れるようになっていきました。

上手にバズを生む方法

ーメディアは大きな力になるかと思いますが、どのようにして注目を集めれば良いのでしょうか。

大事なのはやはり尖らせることだと思います。「だよね。」はお茶漬け専門店ですが、これまであまりお茶漬けの専門店が目立ったことはなかったので、そこが大きなポイントになったのではないでしょうか。

専門店ブームという言葉もありますが、「~専門」というのはキャラクターが強いのでバズりやすいと考えています。

あとは、専門店の名に恥じないメニューを揃えることも大切です。
「だよね。」では本当に色々なものをお茶漬けにしています。和風カレーであるとか、豚骨であるとか、これまでお茶漬けとしては頂かなかったようなものまでお茶漬けにしてしまっているのは面白いところではないでしょうか。

もともと「だよね。」のコンセプトがお酒のシメにいただけるお茶漬け専門店というものなので、酒飲みの気持ちになってメニューを考案しているという節もあります。
「お酒の後はやっぱりお茶漬け」、「お酒を飲んだら濃いものが食べたくなるよね」「でもやっぱり健康は意識したいよね」というニーズを想定しつつ、これまでにないメニューを提案することでお客様に喜んでもらえるよう店づくりに取り組んでいます。

 

事業を広く展開してもコケない人脈の作り方

アイデアはコミュニケーションから

ー非常に突飛なアイデアのように伺えますが、ひらめきの源泉はどこにあるのでしょうか

僕の場合は、やはり人と会うことがアイデアやひらめきを生む上で重要だと思っています。
平日の夜は毎日様々な人と一緒に食事をするようにしているのですが、そうやって自分の知らない世界や業界で活躍している人たちと同じ時間と空間を過ごすことで、実に多くのインスピレーションを得ることができるんです。

アイデアは言い換えれば思いつきなんですが、その思いつきを生むために必要なのが人とのコミュニケーションです。
会話をきっかけに得たアイデアを練り、そして実行しながら試行錯誤を繰り返すことが、事業をうまく引っ張っていくための最良の方法だと考えています。

今の時代、考えてから動いていては間に合わなくなることの方が多いので、身体を動かしながら考えるように心がけています。
単にこれは僕の性格なのかもしれませんが(笑)

人と知り合いたければ自分を磨く

ー人脈の作り方に悩みを抱える人もいらっしゃいますよね。

そうですね。僕が考えるに、人脈を作るには人のいるところに飛び込むのではなく、まずは自分を磨くことが大切だと思っています。
人がいるところに飛び込んでも、自分に魅力がなければ誰も自分に興味を持ってくれる人はいません。
なのでまずは人に振り向いてもらえるように自分を磨き、魅力的な人物となる必要があるんです。

そのために大切なのことは、僕が社訓にもしていることですが、当たり前を当たり前と思わず、常に感謝を忘れないということです。
非常に泥臭い話かもしれませんが、人の魅力というのは一朝一夕で身につくものではなく、日々の心がけから生まれてくるものなんです。

一人一台パソコンがあることや、お客さまが来てくださることなど、感謝できることは身の回りに溢れています。
人としてのあり方に気を配れば、自然とその人の周りには人が集まり、良好な関係やご縁をいただくことも可能になります。
人の縁は持続性もありますし、エンゲージメントにもつながります。
これさえできれば仕事は自然と生まれ、できるようになっていきます。

 

-本日はありがとうございました。

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