特集記事【株式会社ORIENTALFOODS 米田 勝栄】キッチンカーで文化と地域をつなぐ 意味ある食の提供を目指す

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プロフィール

株式会社ORIENNTALFOODS 代表取締役 米田 勝栄

1974年生まれ 東京都出身

専門学校を卒業後、都ホテルのバーテンダーとして勤務、僅か1年でバーテンダーの全国大会で銅メダルを獲得。

その後ワーキングホリデーを利用しオーストラリアで1年過ごし様々な経験を経て帰国後に独立。

現在は、学食、バル、ワインショップ、キッチンカーなど幅広く事業を展開する中で、食を通じた地域活性化活動にも貢献している。

■運営店舗

「肉バル×ワイン酒場東京食堂 五反田桜小路店」「東京チキン 五反田桜小路店」「東京食堂 ORIENTAL KITCHEN」「鉄鍋屋」「窯焼きKITCHEN」「東京闇市ワインショップ姉妹店」

■企業HP

http://www.orientalfoods2006.net/

日本全国を食と文化でつなげるモビリティアンテナショップの展開

―株式会社オリエンタルフーズでは複数の店舗展開をされていますね。

学生食堂3店舗と、「ワイン酒場 東京食堂」「東京チキン」「東京闇市ワインショップ姉妹店」があります。

また、フードトラック事業も積極的に展開しています。

現在3台のフードトラックを走らせていて、4台目のプロデュースも始まっているところです。また、47都道府県のコンセプトトラックを主要都市で走らせることもひとつの目標にしています。

 

地域活性化と消費者をつなぐ仕組みづくり

―47都道府県のコンセプトカーやモビリティアンテナショップについて具体的に教えてください。47台、車を作るということですか?

いいえ、そうではありません。47台作って日本中を駆け巡るのも良いと思いますが、非効率になってしまう可能性が高いため、コンセプトカーでは47都道府県の内容を期間限定で変えながら数台で走らせていきたいと思っています。

アンテナショップも全国各地にたくさんありますが、家賃や人件費などのコストが高く、その中で採算が合うのかというと、そうでもないところが多いのが実情です。そこでアンテナショップをより安価に運営する新しい手段として考えたのがコンセプトカーでした。

 

―こちらのコンセプトカーは現在どちらで展開されているのでしょうか。

主に都内になります。運営の難しいアンテナショップをコンセプトカーに置き換えることで、効率的に地域のPRが可能になると考えています。さらに運営側の働き方改革としてもコンセプトカーは魅力的です。店舗型ビジネスは長時間労働が多いのですが、コンセプトカーでサービスを提供することで、昼のコアタイムに効率よく働くことができると考えています。

さらに最近ではランチ難民も多く、ビルのテナントやデベロッパー側から貸し出しを依頼されることも少なくありません。フードトラック文化が根付いてきていることを実感しています。フードトラックのメリットとして、場所の確保や移動が簡単なこと、短期間の展開であれば人件費や家賃のリスクが非常に少ないということがあげられます。

弊社では現在、FoodFood Project 〜 フードと風土で繋がるプロジェクト〜というコンセプトのフードトラックで社会貢献しております。淡路島で作っているカレーや北海道の帯広のどろ豚を使ったコンセプトカー、高知県の高濃度ブランドトマトを使用してたりして生産者の想いや文化をより多くの人々に届けております。

 

「文化を売ること」と「○○なのにプチ感動」がコンセプト

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株式会社ORIENTALFOODS 代表取締役 米田 勝栄2

―御社のワインショップ「闇市」はユニークな店名ですね。

弊社では食べ物を売るだけではなく「文化を売る」ことを本来のコンセプトにしています。食べ物やワインには必ずストーリーがあるので、そのストーリーを売る形を取っています。ワインは現在55か国のものを扱っています。72か国でワインが作られていて、そのうちの55か国のワインを取り扱っているのは、日本では弊社だけだと思います。

 

―取り扱われているワインに対するこだわりを教えてください。

現在の在庫数は600~700本です。特徴的なのは、イタリアとフランスのワインを取り扱っていないことです。

イタリアとフランスのワインは日本で一般的になりすぎていて、多くのお店が取り揃えています。

本来ワインはその地域の生活に根ざしたものです。ワインはグルジア、ジョージアを発祥の地としていて、そこから地中海やギリシア、ブルガリア、ボスニアに流れていった歴史があります。地中海周辺の人たちは、海外に輸出するために作らず、自分たちが飲むためにワインを作っています。弊社ではそうした、土着品種と呼ばれるものを取り揃えています。お客様には、味や風合いよりも国で選んでいただくことが多いです。弊社では成分よりも、「ジョージアはワイン発祥の地」「ワインの名前は首都の名前」などのワインの背景にある文化も含めてお客様にあったワインをご提案させていただいています。

 

―「○○なのにプチ感動」というのはどのようなコンセプトでしょうか?

弊社では学食を東洋大学で3店舗展開しています。これが弊社の基本的なコンセプト「○○なのにプチ感動」にすべて当てはまっています。東洋大学の学食は全国ランキングで1位を獲得しているのですが、その中の3店舗が弊社の「東京食堂」「鉄鍋屋」「窯焼きキッチン」です。「東京食堂」はオムライスなど洋食メニューをメインにした業態ですが、短時間で美味しいオムライスを作るために、あえて中華鍋でオムライスを作ったり、「鉄鍋屋」では南部鉄器を使ってビビンバや豚丼を作っています。東洋大学の学食の場合、「500円程度の安い学食なのに本格的なものが食べられる」というのがコンセプトとなっています。

弊社の展開している肉バルは、五反田桜小路という横丁で展開しています。横丁には7店舗あって、そのうちの2店舗を弊社が経営しています。肉バルの場合には「横丁なのにこんな店があるの!」「横丁なのにこんなワインが飲めるの!」がコンセプトになっています。

横丁ですが女性も入店しやすく、気軽に世界のワインとおつまみを楽しむことができます。

 

 

 

突然の解雇通達、路頭に迷い苦しかった創業期。

―社会人のスタートからのお話を詳しく聞かせていただきたいのですが。

社会人になってからすぐに「都ホテル」でバーテンダーをはじめました。バーテンダーは専門職で、昔は非常に厳しい業界でした。何年もカウンターに入れないのも当たり前という世界の中で、私がいた当時の都ホテルは、すぐにカウンターに入れてくださり早く仕事を覚えることが出来ました。周囲の方の支えもあり、なんと1年目で、バーテンダーの全国大会で賞を取ることができました。

そこからホテルのバーテンダーの仕事を辞めて、ワーキングホリデーを利用してオーストラリアに行きました。きっかけは海外に行った経験がなかったからです。ワーキングホリデーを使ってオーストラリアに行った経験は、自分に大きな影響を与えてくれました。海外では自分の意思を相手に伝えることさえ困難で、一人では何もできないことを痛感しました。

オーストラリアの人々は自分の意思を全く伝えることができない自分を広く受け入れてくれました。またオーストラリアでの生活は「人とは本来こういう風に生きていくものなのだ」ということを実感させてくれました。家族みんなでご飯を食べる、壊れたものは直して使うなどの基本的なことです。バーベキューをしても、会費を取るでもなく、互いに持ち込み合ったもので成り立ってしまうコミュニティが存在します。今の日本では考えにくい文化を感じることができたのです。

起業は人に頼まれて。アルバイトをかけ持ち、苦しい時代も経験

―創業当初のお話なども聞かせてください。

創業当初は、バーを経営していて、昔から付き合いのある恩師より依頼を受けて学食の店舗の立て直しをするなどのことから始めました。深夜2時までバーを営んで、その後朝から学食で働くという日々をしばらく続けていました。学食内の店舗の最低売り上げが1日3万でしたが、1年経過する前に16万まで上げることに成功しました。しかしある時にその店舗を経営していた会社の業績が悪化し、突然撤退することになってしまいました。

当然私を含むスタッフは全員解雇となり、途中でバーも辞めて責任者として店舗の立て直しに注力していたので、30歳を前にして無職になってしまったのです。本当に路頭に迷ってしまい、精神的につらかった時期がこのころです。これからどうしようと迷っていた時、また恩師から大学の学食での出店のお話をいただきました。

大学の学食で店舗を出すためには、企業であることが条件だったので、まったく知識のないところから自分で本を読んだり、法務局に出向いたりして会社を立ち上げ、メニューやロゴ、デザインなどもすべて自分で作り上げていきました。

学校の学食は学生が相手なので、長期休暇に入ると店も休みになってしまいます。その間は日雇いやアルバイトを掛け持ちしながらなんとか食いつないでいました。

事業展開を考え始めたのは6年目くらいからです。ほかにも依頼を受けて飲食店の経営をしていたのですが、いくら業績を上げても契約期間がきたら撤退しなくてはいけないという外的要因に悩まされることも多かったので、初めて路面での店舗を持つことを考え始めました。

それが起点になって現在の店舗経営に至りました。

 

 

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採用広告ほぼゼロ。秘訣は環境づくり。

―御社ではスタッフの満足度を上げるようなことは何かされていますでしょうか?

年末にはクリスマスプレゼントを従業員の家族に贈るようにしています。例えば、お酒が好きなご主人ならスパークリングワインを、お子様がいらっしゃるなら長靴に入ったお菓子のセットを贈っています。

労働時間が長くなったり、ケータリングサービスをする場合には休日出勤をしてもらったりすることもあります。結婚して間もないのに店が忙しい時には出勤してもらうこともあります。従業員のご家族が一番犠牲になっているのではないかと考えて、毎年贈るようにしています。

 

―求人活動などはどのようにされていますか?

学生食堂には学生がアルバイトで入ってくれています。五反田の店に関しては、現在13年間営業していますが、ほとんど私の知り合いが働いてくれています。スタッフの中には創業して20年来の付き合いのメンバーもいます。知り合いの息子さんやその友達などがスタッフとして働いてくれています。そのため社長と従業員というスタンスよりもフラットな関係でいられているので弊社には大きな上下関係もありません。

若いスタッフの場合には「はい」「いいえ」「ありがとう」が言えれば誰でもいいよと言って採用してます。本人の「やりたい」という気持ちを尊重していて、少しでも興味を持っているなら採用しています。会社概要を説明して本人に決めてもらうというのが採用のスタンスです。

 

世界と日本の食文化をつなぐグローバルモビリティフード

―米田社長の今後の展望についてお伺いしたいのですが、現在はトラック事業を展開していくことに重点を置かれていますよね。

FoodFood Projectでは47都道府県をフードと風土で繋げ、47都道府県のコンセプトフードトラックを走らせることで都市から社会貢献を行い、次は世界と繋がり世界の食文化を乗せたコンセプトフードトラックを日本全国で走らせます。

そして日本の食文化をモビリティフードとして世界に展開していくことが今後の一つのビジョンです。

―本日はありがとうございました。

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