特集記事【株式会社修三グループ 中川 修三】個性と自由がモットー。趣味のサッカーから始まった「ぽん蔵」の多店舗経営

FOOD SERVICE INNOVATOR 株式会社修三グループ 中川修三 卓球居酒屋ぽん蔵

プロフィール:

株式会社修三グループ 代表取締役 中川 修三

1975年生まれ 東京都杉並区出身

電力会社に勤める傍ら、地元の少年サッカーチームのコーチングも20代の頃より担当。コーチ業に専念したいという思いから会社を辞め、2005年に西荻窪に卓球バー「ぽん蔵」をオープン。現在は都内に5店舗を展開している。

■企業HP
http://ponzo.jp/index.html

 

「ぽん蔵」オープンのきっかけ

全てはサッカーコーチングのため

ー「ぽん蔵」を始めることになった理由は何でしょうか。

それはずばりサッカーですね。21の時からずっと地元のサッカーチームのコーチをやっていたんですが、そこにもっと時間を割きたいと思ったのがきっかけです。

高校を卒業してからずっと電力会社で働いていたんですけど、サッカーコーチもその合間にやっていたっていう感じです。
電力会社は安定した仕事だったのですが、やっぱり仕事の合間にコーチをするぐらいじゃ大した時間を割くことができないことが悩みでした。
ですが、流石にサッカーのコーチングだけでは生活ができないので、時間とお金の両方を捻出できる仕事はないかと探していました。
そんな都合の良い仕事があるわけもなく、独立するしかないと思ったことがきっかけで独立を決断しました。

なので、ぽん蔵をはじめたときはさらなる利益を求めて!みたいな感じではなかったです(笑)
もともとお金を稼ぐことにもそこまで興味がなくて、経営者をやっている人は結構アグレッシブな人が多いと思うんですけど、僕はそういうのはない方だと思います。

 

ーお金を稼ぐ欲求が少ないんですね。

そうなんです。服なんかも全然買わなくて、コーチングの時に着るジャージと、あとはスーツが一着あるくらいでしょうか。あまり物欲もないんですよね。

車も今は持っていなくて、基本的に普段はバイクで移動しています。昔は車も持っていたんですが、全然使わないし、「ぽん蔵」オープンに合わせて売ってしまって、基本はバイクで移動です。

今はお店が渋谷にもあるんですが、あっちの方は人の数とか物が多すぎるので、車だと出入りが大変なんです。バイクだと路地でもスイスイ進めるので、やっぱり便利なんですよね。

そんな考え方なので、当初から沢山稼ごう!というガツガツした気持ちは少なかったですね。

西荻窪の1号店

ー1号店はどちらのお店でしょうか。

「ぽん蔵」を最初に始めたのは西荻窪のお店です。ここは他の店舗に比べるとかなり小さなお店で、中は20坪くらいしかありません。ついでに何の店をやるのかも決めていなかったので、最初は本当に場所を先に抑えただけという感じでした。

なんとなくやるならバーだろうなというところまでは考えていたら、たまたま卓球台を置いているお店を見かけたんです。店の名前のアイデアもそれまではあまり考えてなかったんですが、卓球、つまりピンポンの「ぽん」と、僕の名前であるしゅうぞうの「ぞう」を足して、「ぽん蔵」にすればいいかと考えた次第です。というか、ぽん蔵のきっかけは本当にこれだけなんですよね(笑)。

あとご飯を作るのは割と好きだったので、飲食店を始めることへの抵抗はそこまでなかったですね。とはいえ僕が作れるのは素人料理で、実際にお店で提供していたのもそこまで凝ったものではなかったんですが、ともかくそれぐらいの技術でオープンしました。

 

ーお客さんの入りはどうでしたか。

実は結構安定していましたので、どうにか生活に困ることはなかったですね。大儲けというわけではなかったんですが、オープン当初は地元の友達やサッカーの教え子達が来てくれたりして、結構賑わっていました。オープンしたのは2005年なんですが、僕が30歳くらいの時ですね。21歳の頃から中学生を教えたりしていたので、オープンした時には成人してお店に来てくれる教え子も沢山いました。今では西荻窪の店を担当してくれているのも昔のサッカーの教え子だったりします。

ただ、やっぱり三ヶ月もすれば知り合いの来客頻度も減ってしまいます。ですが有難いことに、それと入れ替わり立ち替わりで新規のお客様が来てくれたり、その新規のお客様がリピーターになってくれるケースも増えてきました。それからもずっとお客さんは一定数ついてくれたので、あまりお客さんが途切れてしまう期間はなかったように覚えています。

 

多店舗展開からフランチャイズまで

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地元を離れて2号店をオープンした理由

ー2号店は吉祥寺のお店でしょうか。

はい、吉祥寺のお店ですね。西荻窪のお店をオープンしてから半年くらい経った頃、ふとバーのお客さんは未来永劫来てくれるわけではないなと思ったんです。

リピーターのお客さんは数年こそ常連になってくれるかもしれませんが、お客さんにも自分の生活というのがあるので、僕が60歳、70歳になっても来てくれているとは限らないわけです。そんなわけで、次のお店はバーはやめようと考えていたんです。これがダイニングバーにシフトしていった理由ですね。

こうやって新しいことや少し規模の大きなことをやろうとすると、必要になるのが場所とお金です。そこで見つけた場所が吉祥寺の料亭があった物件で、ほとんど居抜きでリユースしています。外観とか石畳の感じは前の料亭の名残ですね。

お金に関しては2号店オープンに先駆けて銀行から借入をしています。1号店の時は手持ちの資金でなんとかなったんですが、2号店の方は借りました。1号店の月商が120万円程度と、そこまで儲かっているというわけではなかったので、資金繰りについて考えないといけないことはありました。

ただ、2号店も有難いことに売り上げは順調でした。このお店は2007年にオープンしたんですが、計画的に返済できたおかげでしっかりと2008年には完済できました。

 

ー少し駅から離れているような印象を受けましたが、客足に影響はありませんでしたか。

特に支障は出ていないですね。というのも、吉祥寺の店舗の隣にすごく繁盛している居酒屋が以前あって、それは1つの目安でしたね。ここにこれだけ繁盛しているお店があるということは、お客さんにとって立地は問題になっていないという証拠です。少し入り組んだ場所にあるかもしれませんが、そこにすでに人がいれば大丈夫だなと。

今はこのお店ももうなくなってしまったんですが、オープン当初はこのお店で1次会をやって、2次会をうちのお店でやるという流れもできていました。あと、店が早朝の5時までやってることもあって、同じように深夜まで働いてる水商売関係の人も飲みにきたりしていました。近くにそういうエリアがあるので、よく来てくれています。

あと、西荻の常連のお客さんが吉祥寺の方に来てくれることも多かったですね。これはまぁ、西荻の方で今度オープンすると声をかけていたからなんですが、それでも常に僕が吉祥寺の方にいるわけでもないので、僕と喋るために来たのに、店にいないみたいなことも起きるようになってしまったのは申し訳なかったですね。店舗数が増えるとあちこちを転々とすることになってしまうし、いつもそのお店にいるとは限らないので。

店が増えたことで、常連のお客さんにそういう期待をさせちゃいけないなと思って、4店舗目くらいからもう自分は店にいないということを伝えるようになりました。それでも、サッカーの教え子や昔からのお客さんとか、あらかじめ連絡をもらっていればそのお店には駆けつけますけどね。

 

赤字から黒字へと転じた渋谷店

ー渋谷店の調子はいかがでしょうか。

今は上々ですね。ただ、オープンしたての頃はかなり厳しかったです。何しろ認知度がそのエリアではからっきしだったので、最初の1・2ヶ月は大変でした。

初月に300万円ほど赤字を出してしまって、2ヶ月目も100万の赤字だったので、これはちょっとまずいかなと思って、広告を出してみたんです。するとみるみるうちに回復していって、3ヶ月目は予約も入るようになっていきました。4ヶ月目は12月ということもあって繁忙期だったんですが、渋谷店の1年目の12月が人生で一番忙しかったですね。文字通りずっと働いていて、最後のお客さんが帰ったあとなんかはしばらく動けなくなってました(笑)。

 

ー今も繁忙期はそれくらい忙しかったりするのでしょうか。

いえ、最近はかなり落ち着きましたね。落ち着いたといっても売り上げが落ち込むとかではなくて、人の入りが程よく上々な具合になりました。12月なんかは今も忙しいですが、1年目ほどではないですね。

広告も少しですが引き続き出しています。店によって広告の塩梅は違っていて、渋谷店はホットペッパーとぐるなびを利用しています。

 

最高のサービスを提供するために

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スタッフの裁量を重視

ー顧客満足度を高めるために工夫していることはありますか。

うちのお店の場合、サービスに付加価値を作ることと、そのためにスタッフの自主性を重んじているところがそれに当たるかと思います。お店で提供しているものは、端的に言えばうちのお店でなければいけないというものではありません。卓球もダーツも、食事もお酒もその気になれば他のお店で得られるものばかりです。

なので、他のお店にもあるものをどうやって差別化してぽん蔵ならではのサービスとして提供するかというと、接客とか店の雰囲気作りにあります。これはウォルト・ディズニーの本に書いてあったことなんですが、スタッフによる付加価値の創出がその店ならではの個性が一番発揮されるところになってきます。

ただそのためには、僕の方からああしろこうしろというのではなくて、スタッフの裁量にある程度任せてしまうことも重要です。もちろん基本的な挨拶なんかは最低限教えるんですが、お客さんとの接し方なんかは大体の方向性だけ伝えて、あとは好きにやらせてしまうのが一番いいんです。

サッカーとか他のスポーツもそうですが、あまり型にはまりすぎるとその人のパフォーマンスをしっかりと発揮しづらくなります。あと、そういうのは本人のストレスにもなってしまうので、長続きしないんですよね。なので店としては細かい接客のルールもありません。

ただ、このやり方だとお客さんと仲良くなりすぎたりとか、スタッフとお客さんという線引きが曖昧になることもあるので、その辺の微調整が難しいところはありますね。

あとはFC化を進めていくと、どうしても店舗ごとの個性が強くなっていくので、自分のビジョンとか信念がしっかりと共有されることが難しくなるということもあるかもしれません。今でも少し薄れているところがあるなと感じることもありますが、基本的なエッセンスが継承されていけば良いなとは思います。まぁ、数字の面ではどこも上々の売り上げを記録してくれているので、売り上げさえ出れば万事OKということはあります。

 

ーそういった自主性のあるスタッフはどこで探しているのでしょうか。

実はスタッフのほとんどが、元サッカーの教え子か、後輩だったりします。高田馬場を担当してくれている人は一般採用で外部から来てくれた人なんですが、それでもほとんどが顔見知りの人ですね。社員・アルバイトに関わらずそんな感じなんですが、今後はもう少し一般の求人枠から採用することも増えてくるかもしれません。

 

今後の展望

ー今後の展開で考えていることがあれば教えてください。

今は直営とフランチャイズの2つの柱でお店を経営してるんですが、せっかくお店を人に任せてやってもらっている以上、やる気のある人にはどんどんフランチャイズで成功していってほしいということは考えています。自分で独立したいという意思を持って働いてくれている人もいるので、自分で資金をためてお店を持ってもらうくらいのビジョンでうちのお店を動かしてくれると嬉しいですね。

そういうわけでフランチャイズ化も進めていきたいと考えていて、今フランチャイズを任せている人にはどんどん成功事例を作っていって、それを見ている人たちのモチベーションアップに結びつけてくれれば嬉しく思います。

ただこういうのはタイミングがあるので、いつまでにこうするぞ、という目標は決めてません。100店舗出店みたいな目標も特にないですし、そもそも僕にそこまでガツガツと伸ばしていきたい意欲がないので、とりあえず今ある直営店舗のFC化をやっていきたいとは考えています。

 

-本日はありがとうございました。

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