特集記事【日本蕎麦専門店「小松庵」小松孝至】知性と人間性を磨くコミュニティへ。小松庵が目指す新しい蕎麦屋のあり方

 

日本蕎麦専門店「小松庵」小松孝至 4

プロフィール

日本蕎麦専門店「小松庵」 代表取締役社長 小松 孝至(こまつ たかし)

1953年生まれ 東京都出身

大正時代創業のそば屋を先代である父から引き継ぎ現職に至る。
駒込の本店を含め、現在は都内に6店舗を持ち、従業員数は49名にのぼる。

■企業HP

http://tenpo.komatuan.com/

世代で違った小松流の蕎麦屋観

ー代々受け継がれている蕎麦屋とうかがっています。

そうですね、祖父の代から始まって父に引き継がれ、そして僕に至るという感じです。
祖父が大正時代に創業したので、それなりに歴史のあるお店ではあるんですが、祖父の代、父の代、そして僕の代ときて、それぞれでかなり毛色が違っているのは特徴的かなと思います。

創業者である僕の祖父は、時代もあってかかなりマッチョな性格の人間だったことをよく覚えています。
職人気質というか、当たり前のように僕の父である息子や孫である僕にも継いでいってほしいという思いは強い人でしたね。

僕に蕎麦屋になってほしいあまり、学校へ行くなと言われた思い出さえあるほどです(笑)。
学校へ行って勉強してしまうと、大学へ行ったり別の職についたりと蕎麦屋から離れていってしまうと思っていたみたいです。

そんなたくましい祖父とは違い、幼少期から病弱だったのが僕の父です。
タフネスのある祖父と比較されることも多かったのか、父はどちらかというと身体が弱いことをバネにして蕎麦屋になっていった節があります。
自分はビッグになりたい、なるぞという自負が非常に強い人でした。おそらく自分が病弱であったことがコンプレックスでそうなったと思うのですが、どんどん商業施設に店舗を入れて、蕎麦屋経営を大きくしていきたいという願望が強かったですね。

マッチョな祖父と経営者精神旺盛な父という環境に囲まれて育った一方の僕ですが、どちらかというと自分の世界を広げたい、楽しみたい、あるいは自分の人生をもっと豊かにしていきたいという思いの強い人間に育ちました。

おそらくは蕎麦屋になれとプレッシャーをかけてくる祖父や、経営拡大に邁進する父の姿があったからこそ生まれた精神なのですが、僕はどちらかというとそういった物事にはあまり興味が湧かなくて、もっと自分の好きなことを楽しみたい、共有したいという欲求の方が強かったですね。

そういうわけで、自分なりに音楽とかスポーツとか、蕎麦屋とは関係のないことに学生時代に打ち込んでみたりもしたのですが、今ひとつ実力の方はパッとしなかったんです。
いわゆるプロになるような素質は自分には持ち合わせていなくて何ならむしろそういうことは苦手なんだなということがわかったくらいです。

むしろ色々やってみて、自分は芸やスポーツの道を極めることは無理だと自覚することができたので、自分の役割をよく理解する良いきっかけになったなと思っています。

飲食店に欠けている「知性」

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「コスパ良く生きる」ことを知的とは呼ばない

ーご自身が経営者の立場になって、心がけている店作りの方向性について教えてください。

小松庵が目指しているのは、高級な蕎麦屋ではなく「高品質な蕎麦屋」のあり方です。
小松庵は銀座にも出店しているのですが、ああいった場所で蕎麦屋を続けていくためには、ただ高級なだけではダメで、本物を提供しないといけなくなっているんです。

そもそも銀座で蕎麦屋をやるということは、今の時代では結構あり得ないことなんです。
うちのお店でも潰れるか潰れないかの瀬戸際の経営が要求されるほどで、あそこで上手に運営していくためには相応の工夫が必要です。

来られるお客さんも日に一人とか二人ということも珍しくありません。
オープンしたての頃は特にそういった日が多くて、まともに蕎麦屋として運営していくにはあまりにも厳しい客数でした。

ただそんな立地もあって、来られるお客さん自体はとてもユニークで面白い方が多いところも特徴です。
会社経営者や何処かの国の大使など、個性的なバックグラウンドをお持ちの方がほとんどです。

そして、こういった方々にも満足してもらえる蕎麦屋であるためには、どれくらいの美味しさの蕎麦を提供すれば良いのかもわからなくなってきてしまいます。

美味しいのその先まで追い求めていかなければいけないわけですが、そうなるとコスト削減の努力というのには限度が出てきます。つまり、銀座で蕎麦屋を続けていくためには、もうコストパフォーマンスの高い蕎麦を提供することは無理になってくるんです。

経営者である限りコスパは大前提ですが、その上で、コスパ良く生きる人生ほど味気ないものはないと感じていて、コストパフォーマンスを追求した人生には何も残らないんじゃないかと常々思います。コスパ良く生きたからといって、幸せになれるわけではありません。

どれだけコストカットできているかを自慢げに話す人もいますが、ただ切り詰めていっただけのコストパフォーマンスの実現には、大した意味はないのです。

人が幸せになれるかどうかを考えた時、コストパフォーマンスには大した意味はないんです。
人が幸せになるときはむしろ、お金を使うことによって自分を表現したり、貯めこむのではなく積極的に社会へと回していくことによって実現できるものなんです。

小松庵では、それを店作りにも応用しています。
本来はそれなりの価格で商品を提供しなければいけないのに、原価割れも厭わないような安い価格でお客さんに提供してしまうと、そこには必ずひずみが生まれてしまいます。

多少高額になっても、相応の蕎麦やサービスを提供することで、高いお金を支払うことに大きな価値を見出してもらえるようなお店にしていかなければなりません。

こういった「知性」のあり方を、飲食業界はもっと追求していく必要があると強く思います。

従業員の磨き方

ー高い価値を創出できるような従業員は、どのようにして生まれるのでしょうか。

ありがたいことに、今小松庵で働いてくれている従業員はみんな優秀な人ばかりで、僕が手取り足取りから教える必要は感じていません。
そういうわけで僕が意識しているのはむしろ、優秀な人たちの才能をしっかりと伸ばすための、サポーターとしての役割です。

例えばスポーツの世界にしろ音楽の世界にしろ、才能ある優秀な人間が一流のプロフェッショナルとなるためには、必ず優秀な指導者の存在が必要になります。
本人個人でできることには限界があるため、客観的に彼らを導いてあげる存在が不可欠なんです。

テニスプレイヤーの錦織圭選手は、世界でも類まれなプレイヤーの一人ですが、彼の実力があそこまで成長したのには、コーチであるダンテ・ボッティーニの存在がありました。
錦織選手をキャリア初期から9年間も監督し続けた彼の存在こそ、スター選手の誕生には欠かせなかったのです。

才能を伸ばすコーチングの必要性やそのプロセスは、他の分野にも応用ができます。分野は何であれ、人の育成に欠かせないのはとにかく決め打ちをしないことです。

「こいつはこうだから」と一方的にその人を決めつけて無理に育てようとすると、能力の成長には早いうちに限界がきてしまいますし、その人個人が持ち合わせていた才能を殺してしまう可能性だってあります。
原石を磨いていくために大切なのは、彼らのポテンシャルを信じ、それをサポートすることにあります。

小松庵が目指すコミュニティのあり方

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小松社長を動かす使命感

ー小松社長の経営の原動力はどこにあるのでしょうか。

一言で言うと使命感だと思います。元々は使命感のもつ様な人間でもなかったのですが、個人の考えというよりもむしろ、僕ら世代の人たちはみんなそう感じているのだなということが、人と話すたびにひしひしと伝わってくるので、じゃあ僕がやらなきゃということで動いています。

僕なりに目指している店のあり方というのは、お客さん同士が見ず知らずでも、気軽に仲良くなれるような空間です。
特に銀座店はそういう風にしていきたいという思いが強くて、銀座を自分たちの広場にしていきたい、そのための小松庵というように捉えています。

僕たちは今、本当に隔離された世界に住んでいるなという気がしていて、お互いに繋がりを名刺交換くらいでしか持てないような状況です。
それを僕はどうにか壊していきたいと思っていて、その一歩が銀座の小松庵なんです。

例えば音楽やテニスなんかは語り合えると楽しいもので、それだけ人と人との距離は趣味を通じて近づけられるものなんです。
昨年はラグビーワールドカップで日本中が心を1つにして盛り上がっていましたが、ああいった共感を、小松庵を通じて日常的に生んでいくことができれば良いなと考えています。

スタッフとお客さんはもちろんですが、お客さん同士が仲良くなれることがもっと大切です。
見ず知らずの人が共通の趣味を通じて知り合うことができれば、自分の世界はもっと広がっていきます。

一度心を通わせることができれば、お互いが知らない世界も教え合うことができるので、そこで生まれたコミュニケーションが、人生を楽しむための大きなきっかけを育んでいってくれるんです。

飲食業界を、ピアニストと語り合える業界に

ー飲食業界全体のビジョンとしては、何かお持ちでしょうか。

飲食全体としては、やはりお互いをリスペクトし合える業界になっていって欲しいなという思いがあります。
さっきも話したように、今の飲食業界というのはコスパで面白みもなければ、人から憧れられたりするような業界でもありません。

僕としては飲食はもっと人から憧れられたり、現場で人が育っていくような業界にしていきたいと思っていますし、そうでなければいけないとも思います。飲食ならではの課題というよりは、むしろ人間の根源的な課題として、希望や尊敬、愛情がこの業界には特に必要だなと感じています。

そのためには、飲食業界に携わる一人一人が人間的な円熟を獲得していく必要がありますし、想像力も養っていく必要もあります。
小手先のテクニックというのは、もうすでに十二分世の中に出尽くしている一方、こういった精神的な部分はまだまだ未熟です。

もっと自由に飲食を見つめ、自分一人の無力さを受け入れる謙虚さを持つことも大事でしょう。
自分一人でできることには限界がありますから、自分のできないことをやってのける人に注目したり、尊敬したりできる文化をさ立てていく必要があります。

最終的には、飲食業界がもっと文化的になって、ピアニストとでも対等に話し合えるような存在になっていけば良いなとも思います。
中々今の状態では飲食業界とピアニストというのは釣り合わない存在ですが、僕が小松庵を通じて実現したいのは、そんな世界観を持った飲食のあり方なんです。

-本日はありがとうございました。

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