特集記事【株式会社ブランニュー 織野敏一】現場第一主義!“数字が上がった理由”を分析することで業績を伸ばす

株式会社ブランニュー 織野敏一

プロフィール

株式会社ブランニュー 代表取締役  織野 敏一(おりの としかず)

1960年2月3日生まれ 東京都出身

サラリーマンの父と専業主婦の母の長男として生まれる。
頭髪化粧品会社、ペットフード会社、美容院チェーン本部を経て、55歳の時に株式会社ブランニューを起業した。
現在東京都、神奈川県に鶏唐揚げの専門店「鶏唐揚専賣店」を直営で6店舗展開している。

■企業HP

http://www.brannew.jp/index.html

アルバイトでの経験が大きな糧に

テニスに打ち込む少年時代

-少年時代はどのように過ごされたのです?

小学生の時は、騒がしい子どもでした。目立ちたがり屋な性格のため、友達からは“明るいやつ”という印象だったと思いますが、目立とうとするのが裏目に出て先生からすると“嫌なやつ”だったかもしれませんね。勉強はあまり得意な方ではなく、特別何かスポーツをしていたわけでもないので特別優れている部分もありませんでした。

ボールを使ったスポーツは全般的に好きでしたが、中学校に入学してからはテニスを始めました。ちょうどテニスが流行り始めた時期だったと思います。しかし、テニスに打ち込もうにも流行りはじめだったためコートが充分に無いとか、打ち込む以前の問題でした。

中学生のときには、騒がしさも落ち着き少し大人になったかなという感じです。この頃はまだ将来の夢ややりたいことも特にない、ごく一般的な男の子でした。

高校は、いわゆる進学校に入学しました。通っていた高校は、成績でクラスをAからEまで分けるのですが、1年生の時はよく勉強をしていたのでAクラスです。2年3年と進学するに従って、だんだん崩れて下がってしまいました。すごく厳しい体育会系のテニス部に入部したので、部活ばかりしていたのが原因です。進学校だったため、多くの部員は3年生になったら引退をするのが通例ですが、私だけ3年生の秋くらいまで活動するほど高校時代はテニスに打ち込んでいましたね。

 

勉強よりもアルバイト

-大学時代はどのように過ごされましたか?

高校卒業後は、日本大学の経済学部に進学します。大学に入れば勉強から開放されるという意識が強く、この時も特別夢ややりたいことは無かったです。

大学に入学すると、実際に勉強から解放されましたよ。実は大学も入学当時は特待生くらいの学力だったのです。もともと進学校出身だったので、暗記などは慣れていたのでしょう。高校に比べて大学の勉強は楽に感じたものです。とはいえ、それも1年生の時だけで、ちゃんと勉強を続けないから徐々に成績が下がってしまいました。経済学部に入りましたが、あまり経済のことを勉強していないような気がします。

その代わり、大学時代にしたアルバイトでいろいろなことを学びました。コンビニなどいくつかのアルバイトをしましたが、その中でも車で貸衣装を運ぶアルバイトはとてもいい経験になりました。都内のあらゆるところに衣装の配達に行きましたから、そのおかげで都内の地理にめちゃくちゃ詳しくなりました。あと、車の運転もうまくなったと思います。これは後々考えると大きなメリットでしたね。

 

ヘッドハンティングの絶えないやり手営業マンに

-大学卒業後はどのような会社に就職されたのですか?

アルバイトをしていた貸衣装屋さんに紹介された、ウエラジャパン株式会社という頭髪美容品会社に就職しました。

本社に行ってウエラジャパンの副社長に初めてお会いした時に、「なぜうちを選んだのですか?」と聞かれたのですが、失礼にも「貸衣装屋さんに紹介されたからです。」と答えました。今思い返してみるととても失礼ですよね。当時は信じられないくらい社会常識を知りませんでした。

 

-ウエラジャパンではどのような仕事をしていたのですか?

在籍していた10年ほど営業をしていました。具体的には、新商品の紹介をしたり発注をとったりということですね。営業だからノルマがありますが、毎月それは達成していました。どこから私の営業成績が漏れたのかは分かりませんが、会社や自宅にヘッドハンティングの電話がバンバンかかってきました。そういう時代でもあったのでしょうね。

結局それらのヘッドハンティングの話には乗りませんでしたが、当時のウエラジャパンの部長に「ペットフードを扱う会社に行くんだけど一緒に行かないか」と誘われて転職をすることになります。誘ってくれた部長とは一度も会ったことが無かったのですが、営業成績の数字が社内で開示されていますから、それで評価されたのでしょう。

 

-美容関係とは全く違う職種に転職されましたね。

自分の中では違和感はありませんでした。ペットフードの会社でも引き続き営業を担当し、支店長も任されます。仕事の内容は、問屋さんに商品を卸したりホームセンターなどのバイヤーと商談をしたりといった感じです。

化粧品会社の時もペットフードの時も仕事をしながらいつも思っていたのは、“営業はゲームだ”ということです。ゲーム感覚という軽い気持ちというわけではないのですが、営業には毎月毎月ノルマがあるじゃないですか。その目標のためにひとつひとつ物事を達成していくのは、パズルをひとピースずつはめていくような感覚。営業が辛いという人も多いですが、私は仕事が辛いと思うことはありませんでした。

ですが、月のノルマが期日よりも先に達成すると、翌月のノルマのことを考えてしまいます。毎月ノルマを達成するのですが、ほっとするのはほんの一瞬で、次はどうしたらノルマを達成できるかということが頭に浮かぶので、喜びなんてものを感じる暇が全然ありません。これは意識的にそうしているわけではなく自然にそういう考えになるので、満足感を得たりすることができません。そのため「私はなんて不幸なんだ」という気持ちもあります。

ペットフードの会社での営業成績も、周りと比べると良かったです。ですが特別「稼ぎたい!」という気持ちがあったわけではありません。やることをやったら結果がついてきたという感覚です。

この会社では7~8年勤め、その後ヘッドハンティングをされて当時はサンクスの子会社で、今のアルテホールディングスの美容院を展開するフランチャイズ部門で仕事をすることになります。

下高井戸鶏唐揚専売店 株式会社ブランニュー 織野敏一

 

 

転職での出会い。そして独立。60店舗へ。

-転職先でも営業をされていたのですか?

37~38歳の時に入社して、いきなり統括部長に抜擢されました。美容院の店舗開発とフランチャイズ関係を担当していたので、この時に店舗の作り方や展開のノウハウを培いました。

また、同時に別の美容室チェーンの顧問も行うことになります。そこでは、フランチャイズのノウハウなどをアドバイスしました。

その後、44~45歳くらいの時にそこで知り合った方と一緒に独立して、取締役として美容院を開店させることになります。

 

-独立した際に今までの店舗経営や展開のノウハウが活かされるのですね。

そうですね。結果から申し上げると10年間で1店舗だった店舗数を60店舗まで増やしました。多い時には1年間で11店舗、1ヵ月で3店舗開店という時期もありましたから、今思うと本当に大変でした。

当時はフランチャイズが7割、直営が3割ほどだったのですが、フランチャイズのオーナーさんは美容院に関して素人の方ばかりです。そうなると求人をしても、スムーズに美容師と会話ができませんよね。そこで私が美容業界に長いこともあり東京、神奈川、埼玉と各所に出向き面接までも行っていたのです。

 

営業は責任感が大切

-営業マンとして成功するコツを教えてください。

そうですね、やはり、“責任感をもつ”ということです。営業マンは与えられた仕事に責任をもち、販売した後も継続的にフォローをし続けなければなりません。

また、私は「いつまでにこれをします。」と期日を明確にしてお客様に伝えるようにしています。そうすることで、自分にプレッシャーを与えられますが、そのせいで毎日本当に忙しいです(笑)ですが、その約束をきちんと守ることで、信頼を重ねて本音で話せる部分があります。やはり、責任感をもってしっかりやってくれる人じゃないと付き合いは続きませんよね。1回限りの付き合いじゃないからこそ、絶対に約束は守るようにしています。レスポンスが早いとかフットワークが軽いとかそういう細かいことも含めての責任感です。

あと、私は媚が売れません。お世辞で相手を評価しても、その瞬間嘘っぽい顔になってしまうのです(笑)だから、商談や交渉をする時も駆け引きはあまりしませんね。値段を決める時に電卓を弾いたりするのはありえないです。あれは一種のパフォーマンスじゃないですか。無駄なお世辞を言えないのと一緒で、そういう無駄な演技はしません。ちょっと不器用に感じられるかもしれませんが、いつでも直球勝負です。商談相手は、他にもたくさんの営業マンと商談をしているわけですから、私のことを「変なやつだな」と思っているかもしれませんね。

 

“やり切った感”を感じた時がターニングポイント

-なぜ功績を残した会社を辞めるのですか?

転職するときに1度も家族に相談したことはなく、保険証が変わることでバレるのです。女性って転職して給料が良ければ「しょうがないなぁ」と何とかなってしまうものなのですが、独立して美容院を開店させたときには、半年間無給だったのでかなり怒られました。離婚問題にまで発展して、妻の実家に呼び出されて説教をされましたよ。ですが、「この商品をこのパッケージで売り込めば成功する!」と思っていたので、不安はなかったです。全く根拠はなく勝手に確信していただけですが、実際にヒットしたことで開業から半年後には給料も貰えるようになり、最終的に60店舗まで拡大するという大きな功績を残せました。

すると「もう自分がやるべきことはないな。」と感じる時期がくるのです。仕事に飽きてしまうわけではないのですが、自分がやるべき仕事を果たして会社が出来上がると満足してしまうのでしょうね。そこでもう少し頑張って出世したいという気持ちにはあまりなりませんでした。

もちろん、退職をすることは妻や周りの人にかなりとめられました。それでも辞める決意をしたことを、今ではちょっと不思議に思うことがあります。

 

本家社長の人柄に惹かれて鶏唐揚専賣店を起業

-なぜ鶏唐揚専賣店を起業したのですか?

前職で自分の仕事をやりきったと感じた時、次は「起業をするんだろうな」という漠然とした意識を持っていました。具体的に何をしたいかということは決めていなかったのですが、先に前職の辞職を決意します。

辞職を決めたときに、美容院のフランチャイジーである白井社長という方に辞職の挨拶をしにいきました。すると、「辞めるんだったら、うちのブランドの唐揚げ屋さんをやってみないですか?」と誘われたのです。この方は、他にも人材派遣会社や福祉関係、飲食業などを多角経営されていました。挨拶をしたときは、そういう仕事をされているということは知らなかったのですが、白井社長の展開するお店はとても働きやすそうで、その環境に惹かれました。

「唐揚げは国民食だ」とか「年間何万個売れている」とか、起業した理由を後付けしていますが、実際は白井社長に魅力があったからというのが唐揚専賣店を始めた大きなきっかけです。

白井社長は私よりも年下ですが、情報も多く持っているし頭もいいし、とても尊敬できる方です。

 

業績がいい時こそ分析をする

-今でも現場に足を運ぶ機会がありますか?

私は今でも現場第一主義です。月に20日くらいは現場に行きますよ。私が本部にいても1円も儲からないですから(笑)もうスタッフの方が調理がうまくなっているので自ら唐揚げを揚げることは無くなりましたが、指導をしたり近くの喫茶店で店長とテーマを決めて話し合いをしたりしています。やっぱり、電話ではなく直接顔色を見て話をするのが一番効率的だなと感じます。私が今でも頻繁に現場を訪れるのは、“お金は現場が稼ぐ”というのを営業時代に経験しているから、その時のクセかもしれません。

 

-スタッフとはどのような話をしますか?

月に15~20回はスタッフと面談をする時間を設ける様にしています。もう出てしまった数字をとやかく言っても仕方がないので、その分析と対策を話し合うことが大切です。

一番良くないのが、数字が上がった時にその理由が分からないこと。逆に数字が悪い時は「天気が悪かった」とか「近くに競合店ができた」とか誰にでも分かるものです。

業績が上がった時にきちんと分析をしないと、そのお店は伸びません。その理由をきちんと知ればできることがあるのではないかな、ということなどを教えます。

 

-従業員満足のためにしていることはありますか?

私は発送をするのが好きではありません。店舗からタイムカードやポップが欲しいと言われれば自分で持って行きます。私が勝手に満足しているだけかもしれませんが、その時に従業員の顔を見られますからね。お店を出る時には必ず全員に「お疲れ様」「頼むね」と声かけをするのも忘れません。

従業員と密に面談をしたり声をかけたりというのは、指導であり従業員との距離を縮めるひとつの方法だと思います。

 

商品が美味しいということは当たり前!

株式会社ブランニュー 織野敏一

-お客様の満足度を上げるためにしていることはありますか?

お店で買う唐揚げが美味しいというのは当たり前のことです。そのため、「お客様に飽きさせない」ということを大切にしています。本家に基本の味付けは無料で提供してもらっていますが、オリジナルの味を開発したり、少しコストは上がりますが、コーンスターチや米粉を衣にして食感を変えたりして同じ唐揚げでも味や食感に変化をつけています。

また食べ物は見た目がとても大切です。味は違っても見た目が同じでは面白くないので、平べったく切ったり、ボール状に成形したりとショーケースを覗いた時に「これなんだろうなぁ」とか「何度でも来たいな」と思ってもらえるように飽きがないような見た目の工夫もしています。

商品開発は、私だけでなくスタッフからの提案を参考にすることもあります。

 

人が育ち必要であれば新店舗を検討する

-今後の目標を教えてください。

今は物価も上がって景気が悪い時代。そんな中、今後はどうやったら利益を生み出せる商品を開発できるかということがキーポイントですね。

ちなみに、店舗数の目標はありません。今は先に店舗を増やして人を入れるという時代ではないと思います。人が充分に育ち必要だと感じたときに新店舗を出すつもりです。

また、フランチャイズも展開していますが、私は「こちらから誘わない」と決めています。誘ってからやろうと決意する人は万が一失敗した時に、私の経験上本部の責任にする人が多いのです。本来それは間違いなのですが。美容院時代にそのことを身をもって感じたので、これは徹底しています。

 

-本日はありがとうございました。

Food Media(フードメディア)がお届けする飲食業界の最新ニュースや業界動向をお届けするWEBメディア

特集記事カテゴリの最新記事